記事の詳細

広島県三原市は、城下町として発展したまち。

三原城は、1567年、戦国の智将と呼ばれた小早川隆景によって築城されました。

三原沖の大小の島をつなぎ築いた城で、東は湧原川から西は現在の臥龍橋(がりゅうばし)付近まで

約900m、南北に約700m、この中に本丸、二之丸、三之丸、そして二層三層の隅櫓32、

城門14があったといわれています。

当時は、満潮時、この城の姿が、海に浮かんでいるように見えたことから「浮城」と呼ばれ、

豊臣秀吉や徳川家康もこの城を訪れた際には、あまりの素晴らしさに感動したといわれています。

現在は、天主台、本丸中門跡、船入櫓などの石垣、お堀が名残をとどめています。

IMG_7420

築城当時は、まだ天守閣を造る発想のない時代であったと考えられており、

山城から平城に移行する初期の城です。

また、天主台の石垣は、「余人は真似るべきではない」といわれた「アブリ積み」という特殊の工法が用いられ、

多くの愛好家が見学に訪れます。

三原城天主台

現在、天主台は、公園となっており、三原駅構内から登ることができ、

この高台から三原市街を見渡せば、往事の町並みや賑わいに思いを馳せることが出来るかもしれません。

天守台1

都市化が進みながらも、城下町の面影がそこかしこに残る三原駅周辺。

今は、三原駅に重なるように原形を保つ天主台ですが、駅の建設にあたり、

城をどうしても残したかった市民の思いを体現した場所ともいえます。

当時重要な役割を果たし、周辺に多く配置されている寺院や、趣のある小路など、

詳しく辿りたい方には、観光ボランティアガイド「アゼリアガイド」の案内による

町歩きがおススメです。

IMG_9602 IMG_9463

アゼリアガイド

http://www.mihara-kankou.com/fp-volunteer

関連記事

ページ上部へ戻る